木ノ下裕一の歌舞伎の“ツボ”

【木ノ下裕一の歌舞伎の“ツボ”】 Vol.8『勧進帳』

2018/02/23


 
勧進帳

 
『勧進帳』の”ツボ”を見つけ出す
 
2010年の企画会議の際、演出家の杉原邦生さんから、「次の公演で『勧進帳』は、どう?」と提案された時、正直、当惑した。誰もが認める「名作」であり、市川宗家の家の芸「歌舞伎十八番」の一つとして格式の高い演目であり、歌舞伎の粋(すい)を結集したかのような「完璧な演出」と名高い演目であるから、物怖じしたということもあるが、なにより、オリジナルの切り口、つまり”ツボ”を見つけ出す自信がなかったのだ。

 
「源義経たちの手に汗握る逃亡劇」「義経とその家来弁慶の絆が美しい主従のドラマ」「弁慶の必死の智謀による関所越えの物語」「弁慶と、関守・富樫左衛門による息詰まる心理戦の攻防」「義経一行を自分の命と引き換えに見逃して関を通過させる富樫左衛門の情」……思い浮かぶのは、こうした、誰もが何度も口にし、論じてきた”既存の解釈”ばかりだ。だから、せっかくの演出家からの挑戦状にも、すぐには返答できず「数日、持ち帰って考えさせてください」とその時は、引き下がった。
 
家に帰ってから、早速、『勧進帳』の台本をじっくり読んでみた。冒頭から、丁寧に読んでいるつもりだが、頁をめくれどめくれど、”ツボ”らしきものが見当たらない。半ばあきらめかけていたその時、後半部分にこのような長唄の詞章を見つけた。

  
今は昔の語り草
あら恥かしの我が心、一度まみえし女さへ
迷の道の関越えて、今又ここに越かぬる
人目の関のやるせなや
アヽ悟られぬこそ浮世なれ
 

これは、無事に関所を通った弁慶たちが野辺で酒を飲みかわす場面に流れてくる詞章で、わかりいいように砕けて意訳すると

 
「たった一度だけ関係を持った女でもね、恋心が強ければ、迷いなんて簡単に捨てて、逢いに来るって昔からいうじゃん。でも、人間ってなかなか迷いってやつを捨てられないもんだよねェ。現に俺ら(弁慶たち)がさっき関所を越えるのにチョー苦戦したのは、やっぱりいろんな迷いがあったからだよ。世間体とか人目とかいろいろ気にしすぎて、迷っちゃうんだよなァ。世の中やっぱりメンドクサイことが多いじゃん。だから、なかなか悟れないっていうか、大事なものが見えにくくなるんだよなァ」
 
という具合になろうか。この詞章に出会った時、内心「しめたっ!」と思った。『勧進帳』という演目は、全編長唄で構成された、一種の音楽劇である。だから、人物の状況も物語の主題も、長唄に乗せて語られることが多い。ここでは、酔った弁慶が、”関”というキーワードを軸に、そこに恋バナに絡めつつて世間のままならなさを吐露しているわけで、とても重要な場面なのだが、実際の上演では、大酒を飲む弁慶のコミカルな演技が舞台いっぱいに繰り広げられているので、これまで一度も詞章に注意したことがなかったのだ。

 

<次のページ>
『勧進帳』を「境界線」というキーワードで描き直せば…

 

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ロサンゼルス生まれ。87年~95年、フジテレビアナウンサーとして活躍。「プロ野球ニュース」「平成教育委員会」などの番組で人気を集める。
現在、「鶴瓶のスジナシ」(CBC,TBS)、「タカラヅカ・カフェブレイク」(TOKYO MXテレビ)にレギュラー出演。97年から連続してメインキャスターを務めるTBS「世界陸上」をはじめスポーツ・情報・バラエティと幅広い分野のテレビ番組やCMに出演している。
演劇コラムの執筆や、クラシックコンサートにおける司会や朗読などでも活躍中。
2013年~読売演劇大賞選考委員を務める。
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長崎県佐世保市出身。2001年に87期生として宝塚歌劇団に入団。初舞台は『ベルサイユのばら2001』。 2014年に雪組トップスターに就任。『ルパン三世-王妃の首飾りを追え!』『るろうに剣心』『星逢一夜(ほしあいひとよ)』などで主演を務め、2017年7月『幕末太陽傳(ばくまつたいようでん)/Dramatic “S”!』で、宝塚歌劇団を退団。
退団後初のステージ『SECRET SPLENDOUR』も大好評を博し、2018年5~6月にミュージカル『ウーマン・オブ・ザ・イヤー』で主演を務める。

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1985 年生まれ。東京都出身。歌舞伎俳優。父は六代目尾上松助。1990 年 5 月、「伽羅先代萩」の鶴千代役にて二代目 尾上松也を名のり初舞台。近年は立役として注目され、2015年より、次世代の歌舞伎界を担う花形俳優が顔を揃える「新春浅草歌舞伎」に出演し、「仮名手本忠臣蔵」早野勘平、「義経千本桜」狐忠信、「義経千本桜 吉野山」佐藤忠信 実は 源九郎狐などの大役を勤める。一方、2009 年からは歌舞伎自主公演 「挑む」を主宰している。

歌舞伎の以外でも、ミュージカル「ロミオ&ジュリエット」(2013)ベンヴォーリオ役、「エリザベート」(2015)ルイジ・ルキーニ役、ディズニーアニメーション映画「モアナと伝説の海」日本語吹替版のマウイ役、NHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」(NHK)今川氏真役、初の主演ドラマ「さぼリーマン甘太朗」等、活躍の場を広げている。

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