女性落語家☆柳亭こみちの「ちょいと一回のつもりで聴いて」

【柳亭こみちのちょいと一回のつもりで聴いて】Vol.5「噺家とお茶」

2018/08/30


 

こみちVol.5

 

「飲んでみな」。
師匠に湯呑みを渡されて、(はて、前座の私にお茶を勧めるとはどういうことかな?)と思ったら。
「美味しくないから」。

2003年、師匠宅でのある朝のこと。
 
噺家は、お茶が美味しいと知っている。かく言う私もしかし、入門する前は市販のペットボトルのお茶すらほとんど飲んだことがなかった。いわんや急須でいれたお茶をや、である。
 
お茶の美味しさを知らない入門したての私がいれたお茶は、美味しくなかった。
湯呑みの中のお茶の色を見ただけでそれを察した師匠。続けてこう言った。
 
「お茶は美味しくいれれば美味しいんだぞ」。
 

こみちVol.5

 
前座時代に何杯お茶をいれるのだろうか。
師匠宅で1日約2杯として1ヶ月60杯、年に720杯が約4年間で2880杯。
寄席の楽屋では前座の下っぱがお茶をいれる役割で、1年目は1日に仮に30杯として1ヶ月で900杯。1年間で10800杯。
 
年季がたてば変動し、2年目1日10杯として年間3600杯。
3年目1日5杯として年間1800杯。
4年目1日3杯として年間1080杯。
全てを足せば修業時代総計20160杯。
単純計算だが決して大袈裟でないように思う。

うちの師匠も約2万杯前後の数のお茶をいれる修業時代があった訳だ。
入門したての私に、師匠が手本を見せてくれた。
 
「いいか。最後の一滴までこうやって急須にポタッ、ポタッといれるだろ。そん時に唱えるんだ『おいしくなーれ。おいしくなーれ』って。ほい、これ飲んでみな」。

それはとても美味しかった。
 
急須に残った最後の一滴まで大事にいれるとお茶は美味しくなる。
急須の蓋を開け、お茶っ葉の開き具合でお茶っ葉の変え時を見る。
湯飲みや茶托についた水滴は綺麗に拭き取らねば、師匠方の着物やお召し物を濡らして大変な失態となり、高座にもひびく。
自信をもって師匠方にお出しできる美味しいお茶をいれるのは、腕と経験がいる。お茶は前座の腕の見せどころだ。
 
楽屋でも緊張感を持たねばならない。
楽屋入り1年目の頃。
半世紀以上お茶を飲んでいらっしゃる、とある重鎮の師匠から
「ありがとう。色だけついたお茶を」。
と言われたことがある。
先輩前座から急須の蓋を開けられ「こみち、お茶っ葉こんなに開いてるぞ。忙しくてもお茶っ葉変えるんだ」
と言われたこともある。

前座としての経験を経て、 修業時代も2年目に入る頃には「お茶屋の店員よりも美味しくいれてやる」と、気迫を持って私はお茶をいれていた。
 
進物で時々お店でお茶っ葉を買う際には、店員さんのいれるお茶にほくそ笑み「ふふふ、あんたにゃ負けてねえぜ」と心でつぶやいた。
嫌な客だ。 

仕事でどちらかの落語会に行けば、会場の急須を見て色々察してもいた。
日頃急須を使ってお茶をいれる習慣がないのだな、とか。
この急須は、何年も使っていない急須だな、とか。
このお茶っ葉は、お茶を愛する訳ではない人が買ってきたな、とか。
嫌な女だ。
 
二ツ目になって程ない頃。入りたての前座さんに楽屋で
「このお茶、美味しくないよ。お茶っ葉変えてないでしょう。(急須の蓋を開け)ほら、こんなにお茶っ葉開いてたら美味しくないんだよ。」
なんて言ったこともある。

愛をもって忠告すれば伝わるだろうと信じていたが。私が愛を持って伝えても、相手に私への敬意がなければ聞いてくれないかも知れないとは、その頃の私には予想できなかった。私も若かった。

私自身がお茶がわからない人間だったし、世の多くの人が急須でお茶をいれる習慣があまりないのだから全て無理もないというのに、お茶の美味しさを知った後の私は、何か素晴らしいことを悟ったような心持ちで、自らを顧みることもない時代が長かった。
未熟というのは恐ろしい。

こみちVol.5

 
さて今。
真打としては下っぱも下っぱ。
近頃は、お茶が楽屋で美味しくなくても、なかなか前座さんに忠告できない。
「うるさいおばさん」と思われるのが怖いのだ。しがない若手真打。そんなこと前座さんに言うの、十年も二十年も早いような気がする。 重鎮の師匠ならともかく、人にお茶についてとやかく言うなら自分の落語を磨けよ、と己に思ってしまう。

美味しいお茶を飲みたけりゃ、ペットボトルの市販のお茶を飲んだ方がいいのだろうか。
でも先人に教わったことを後輩に伝えるのも義務だよなあ。
近い一門の前座さんだったら言ってもいいかな。
愛をもって伝えれば伝わるだろうなんて、そもそも気持ち悪い発想かもしれないぞ。

そんなことを考えつつ、今日もドキドキしながら楽屋のお茶を飲む。

ほっ!良かった。今日は美味しかった。

外は残暑。すぐ喉がかわく。
楽屋のお茶だけで、乾きは満たされなかった。でも「もう一杯もらえる?」なんて、勇気がなくて言えなかった。

市販のペットボトルのお茶でも飲んで、喉を潤すとするか。

 
 

柳亭こみち(Komichi Ryutei)

プロフィール
落語家。東村山市出身。2003年、七代目柳亭燕路に入門。前座名「こみち」。2006年、「こみち」のまま二ツ目昇進。2017年、「こみち」のまま真打昇進。歌って踊れて落語のできる女、老若男女から友達になりたいと思われるような噺家を目指している。亭主は漫才師「宮田陽・昇」の宮田昇。漫才師と落語家の夫婦は史上初。二児の母として真打に昇進したのも、落語史上初。「落語坐こみち堂」「なかの坐こみち堂」をはじめ、日々多数の落語会に出演し、ナレーション、講演活動、執筆活動、学校寄席への出演も多々。こみちが大きな出世街道となるよう、鋭意奮闘中。

※公式サイト「こみちの路」

 

■□■ 柳亭こみち☆Information ■□■
 
 

こみち

 

 
第3回 9月5日(水)19:00開演
出 演:柳亭こみち ※ゲスト有り
会 場:中野芸能小劇場
料 金:全席自由 3,000円 整理番号付

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第4回 11月5日(月)19:00開演
出 演:柳亭こみち ※ゲスト有り
会 場:中野芸能小劇場
料 金:全席自由 3,000円 整理番号付

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「落語坐こみち堂Ⅶ 柳亭こみち独演会」 12月19日(水)18:30開演
出 演:柳亭こみち ※ゲスト有り
会 場:国立演芸場
料 金:全席指定 3,000円 整理番号付

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企画・制作・主催:サンケイリビング新聞社

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ロサンゼルス生まれ。87年~95年、フジテレビアナウンサーとして活躍。「プロ野球ニュース」「平成教育委員会」などの番組で人気を集める。
現在、「鶴瓶のスジナシ」(CBC,TBS)、「タカラヅカ・カフェブレイク」(TOKYO MXテレビ)にレギュラー出演。97年から連続してメインキャスターを務めるTBS「世界陸上」をはじめスポーツ・情報・バラエティと幅広い分野のテレビ番組やCMに出演している。
演劇コラムの執筆や、クラシックコンサートにおける司会や朗読などでも活躍中。
2013年~読売演劇大賞選考委員を務める。
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2019/10/31

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長崎県佐世保市出身。2001年に87期生として宝塚歌劇団に入団。初舞台は『ベルサイユのばら2001』。 2014年に雪組トップスターに就任。『ルパン三世-王妃の首飾りを追え!』『るろうに剣心』『星逢一夜(ほしあいひとよ)』などで主演を務め、2017年7月『幕末太陽傳(ばくまつたいようでん)/Dramatic “S”!』で、宝塚歌劇団を退団。
退団後初のステージ『SECRET SPLENDOUR』も大好評を博し、2018年5~6月にミュージカル『ウーマン・オブ・ザ・イヤー』で主演を務める。

【Official HP】https://seinasagiri.com/
【Official Instagram】seinasagiri_official

2019/06/07

尾上松也さんSpecialインタビュー▷第二回『百傾繚乱』8月24日..

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1985 年生まれ。東京都出身。歌舞伎俳優。父は六代目尾上松助。1990 年 5 月、「伽羅先代萩」の鶴千代役にて二代目 尾上松也を名のり初舞台。近年は立役として注目され、2015年より、次世代の歌舞伎界を担う花形俳優が顔を揃える「新春浅草歌舞伎」に出演し、「仮名手本忠臣蔵」早野勘平、「義経千本桜」狐忠信、「義経千本桜 吉野山」佐藤忠信 実は 源九郎狐などの大役を勤める。一方、2009 年からは歌舞伎自主公演 「挑む」を主宰している。

歌舞伎の以外でも、ミュージカル「ロミオ&ジュリエット」(2013)ベンヴォーリオ役、「エリザベート」(2015)ルイジ・ルキーニ役、ディズニーアニメーション映画「モアナと伝説の海」日本語吹替版のマウイ役、NHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」(NHK)今川氏真役、初の主演ドラマ「さぼリーマン甘太朗」等、活躍の場を広げている。

【Official HP】 尾上松也公式ウェブサイト

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ブタコメ編集部

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