MICHIMARU劇評

【MICHIMARU劇評 第4回】『ナターシャ・ピエール・アンド・ザ・グレート・コメット・オブ・1812』

2019/01/25


 

グレート・コメット

ピエール/井上芳雄さん
写真提供 / 東宝演劇部

 

「彗星」が示す「ミュージカル」の新たな魅力

ロシアの文豪、トルストイの大作「戦争と平和」の一部を舞台化しブロードウェイで話題を集めた作品の日本初演とあって、ミュージカルファンの大きな期待を集めた『ナターシャ・ピエール・アンド・ザ・グレート・コメット・オブ・1812』。見終わった今、この作品をどう評価すれば良いか、正直戸惑っている。
 
劇場(東京芸術劇場プレイハウス)に入ると、まず客席の配置に驚く。ステージが客席に張り出し、というより、ステージの中に「コメットシート」と呼ばれる数十席のかたまりが5つある。コメットシートの客は当然、ステージを歩いて自分の席に出入りすることになる。その上、井上芳雄を始めとする役者たちが客席に座ったり、ものを配ったり、話し掛けたり、手拍子を要求したりとやたら絡みに来るのだ。「観客参加型演劇(イマーシブ・シアター)」というスタイルで、訳詞・演出の小林香はこの手法を、「『自分もトルストイが描く〝世界〟を構成している原子の一部なのだ』と体感していただくためだと解釈している」(公演プログラムより)と話す。だが、客は客であって役者ではないし、隣に役者が座ったら気になって芝居に集中できない層も多いだろう。制作陣もそれは織り込み済みだ。ただ、見終わった後に「何やらすごいものを見た」と実感させる力をこの作品は持っている。

 

グレート・コメット

 
そう思わせる大きな要素が、圧倒的な音楽の力だ。ストーリーの全編がほぼ音楽でつづられ、旋律は決して覚えやすいものではない。歌詞も登場人物が自分の気持ちを歌い上げるものからト書きのような説明文をそのまま歌うものまで、同じ歌の中で立ち位置が行ったり来たりもする。井上始め歌の上手な役者たちを配してもなお、聞き取りにくかったり、わかりにくかったりする場面はある。だが、そりの合わない人物のデュエットが不協和音で進行したり、エレクトリック音やダンスミュージックのようなビートを多用したりと、とにかく音楽が客席のノリやストーリーを引っ張っていく。ここに、今までに感じたことのない爽快感を覚える。19世紀ロシアを描いた文豪の難解な大作を、ミュージカルで見せる意味は何か。音楽やダンスの力を借りて、ストーリーをわかりやすくしたりおもしろくしたりするためであろう。その意味ではこの作品は成功している。

 
もっとも、ストーリーはメロドラマと言っていい。主人公のピエール(井上)は莫大な資産を持ちながらも人生に絶望し、酒に溺れている。ピエールと親交のある若く美しいナターシャ(生田絵梨花)は婚約者のアンドレイ(武田真治)と離れて暮らすうちにハンサムで危険な男、アナトール(小西遼生)に誘惑され駆け落ちする計画を立てるが、未遂に終わる。婚約を解消され絶望するナターシャとピエールが向き合い、それから…というところで物語は終わる。

 

グレート・コメット

(写真左)ナターシャ/生田絵梨花さん

 
19世紀のモスクワの沈鬱な雰囲気に覆われた物語は暗く、それなのにどこか明るい。登場する男性は大概がどうしようもないクズで、ピエールもさえない男だ。小難しいことを言っている人物が、あっさりと欲に抗えなくなる。重い話に見せかけて、出てくるのは調子のいい軽薄な人間ばかり。人間の愚かしさがこれでもかと提示されるのに、その正直さが愛おしくなる。トルストイの描く人物像に普遍性があるからだろう。

特に、鬱屈した気持ちを歌い上げる1幕後半の井上の歌唱は圧巻だ。日本のミュージカル界の至宝である井上を配した意味が、ここにある。対する生田も透明感ある高音と迫力ある低音を使いこなし、期待以上の出来。ピエールの悪妻、エレン役の霧矢大夢、アンドレイの妹、マリア役のはいだしょうこ、ナターシャの名づけ親、マーリャD役の原田薫らがいずれも硬軟併せ持った歌唱で全体を引き締めた。

 

グレート・コメット

(写真左)アナトール / 小西遼生さん

最後に触れておきたいのが演目のタイトルにもなっている「グレート・コメット(大彗星)」だ。1811~12年に地球に接近し、原作にもピエールの希望の象徴として登場する。ステージでは彗星を模した大きな球体が「絶対的な存在」として輝いている。だが、彗星は太陽や月のような絶対的な存在ではない。軌道を回り続け、じきに地球から遠ざかっていく不安定なものだ。
 
人生に絶望するピエールはこの彗星に希望を見いだすが、観客はその行く末に不安を覚えざるを得ない。だって、彗星の輝きはじきに衰え、消えてしまう。原作ではピエールとナターシャのその後も描かれるが、舞台では2人の未来は分からないまま。だから観客は不安になる。ピエールの希望もまた、彗星のように消えてしまいやしないか。

だが、それで良いのだ。人は所詮、移り気で身勝手なものだ。人生に絶対などない。ああ、何というやりきれない幕切れだろう。ピロシキを食べながら、ウォッカで乾杯したくなる。不思議な魅力を持ったミュージカルについて話し合うために。
 
1月27日まで、東京・池袋の東京芸術劇場プレイハウス。

 

道丸摩耶(みちまる まや)■
プロフィール
産経新聞記者。文化部、SANKEI EXPRESSの演劇担当を経て、観劇がライフワークに。
幼少時代に劇団四季の「オペラ座の怪人」「CATS」を見て以来、ミュージカルを中心に観劇を続けてきたが、現在は社会派作品から2.5次元作品まで幅広く楽しむ。
舞台は総合芸術。「新たな才能」との出会いを求め、一度しかない瞬間を劇場で日々、体感中。

 

■□■BUTAKOME☆Information ■□■
 
『ナターシャ・ピエール・アンド・ザ・グレート・コメット・オブ・1812』
 
ミュージカル『ナターシャ・ピエール・アンド・ザ・グレート・コメット・オブ・1812』
 

音楽・詞・脚本・オーケストレーション:デイブ・マロイ
訳詞・演出:小林 香
原作:レフ・トルストイ(『戦争と平和』より)

 
出演:井上芳雄 生田絵梨花
霧矢大夢 小西遼生 松原凛子 水田航生
はいだしょうこ メイリー・ムー 原田薫 武田真治
ほか

 
日程:1月5日(土)~27日(日)
会場:東京芸術劇場プレイハウス(池袋)
料金:全席指定 コメットシートS(ドリンク券付)16,000円、コメットシートA(ドリンク券付)14,000円、S席13,000円、A席8,000円
※未就学児入場不可
 
※公演の詳細は公式サイト

 

 

BUTAKOME ファンクラブ
【LINE@】
先行販売などチケット情報をお届けします♪

LINEアプリの「友だち追加」から
ID:@butakome を検索するか、
下記の友だち追加ボタンから登録してください。

友だち追加数

 

※画像およびテキストの転載を禁止します。

バックナンバー

インタビュー

尾上松也紋付190618

尾上松也

第二回『百傾繚乱』8月24日・25日開催 ▷IMYの希望は日本発のミュージカル...

一覧はこちら

BUTAKOME動画チャンネル

連載☆エンタメコラム

2019/06/17

【中井美穂の幕内対談】Vol.5 映画監督・映像作家 奥 秀太郎さ..

open

close

Profile

ロサンゼルス生まれ。87年~95年、フジテレビアナウンサーとして活躍。「プロ野球ニュース」「平成教育委員会」などの番組で人気を集める。
現在、「鶴瓶のスジナシ」(CBC,TBS)、「タカラヅカ・カフェブレイク」(TOKYO MXテレビ)にレギュラー出演。97年から連続してメインキャスターを務めるTBS「世界陸上」をはじめスポーツ・情報・バラエティと幅広い分野のテレビ番組やCMに出演している。
演劇コラムの執筆や、クラシックコンサートにおける司会や朗読などでも活躍中。
2013年~読売演劇大賞選考委員を務める。
【Official HP】 中井美穂 INFORMATION
【Official blog】中井美穂(アメブロ公式)

2019/07/02

【早霧せいなのビタミン“S"】其の十五.「エンタメのルーツに触れるこ..

open

close

Profile

長崎県佐世保市出身。2001年に87期生として宝塚歌劇団に入団。初舞台は『ベルサイユのばら2001』。 2014年に雪組トップスターに就任。『ルパン三世-王妃の首飾りを追え!』『るろうに剣心』『星逢一夜(ほしあいひとよ)』などで主演を務め、2017年7月『幕末太陽傳(ばくまつたいようでん)/Dramatic “S”!』で、宝塚歌劇団を退団。
退団後初のステージ『SECRET SPLENDOUR』も大好評を博し、2018年5~6月にミュージカル『ウーマン・オブ・ザ・イヤー』で主演を務める。

【Official HP】https://seinasagiri.com/
【Official Instagram】seinasagiri_official

2019/06/07

尾上松也さんSpecialインタビュー▷第二回『百傾繚乱』8月24日..

open

close

Profile

1985 年生まれ。東京都出身。歌舞伎俳優。父は六代目尾上松助。1990 年 5 月、「伽羅先代萩」の鶴千代役にて二代目 尾上松也を名のり初舞台。近年は立役として注目され、2015年より、次世代の歌舞伎界を担う花形俳優が顔を揃える「新春浅草歌舞伎」に出演し、「仮名手本忠臣蔵」早野勘平、「義経千本桜」狐忠信、「義経千本桜 吉野山」佐藤忠信 実は 源九郎狐などの大役を勤める。一方、2009 年からは歌舞伎自主公演 「挑む」を主宰している。

歌舞伎の以外でも、ミュージカル「ロミオ&ジュリエット」(2013)ベンヴォーリオ役、「エリザベート」(2015)ルイジ・ルキーニ役、ディズニーアニメーション映画「モアナと伝説の海」日本語吹替版のマウイ役、NHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」(NHK)今川氏真役、初の主演ドラマ「さぼリーマン甘太朗」等、活躍の場を広げている。

【Official HP】 尾上松也公式ウェブサイト

2018/08/06

📹【加藤和樹のエンタメCafe 番外編】〈大阪・梅田..

open

close

Profile

1984年10月7日生まれ。愛知県出身。現在、LIVEや舞台・ミュージカルなどに参加幅広いファン層に支持され、歌手・俳優としても各界で注目を浴びている。

2005年ミュージカル『テニスの王子様』で脚光を浴び、2006年4月Mini Album「Rough Diamond」でCDデビュー。
日本や韓国・台湾・中国でのCDリリースの他、自身のアルバムなどのTOURである「LIVE“GIG”TOUR」とラジオ公開放送のように投稿メールとリクエストを中心に構成されている「“KK−STATION”TOUR」や、日本武道館や日比谷野外音楽堂、アジア圏でも単独ライブを開催するなど精力的に活動。

同時に俳優としても活動しており、ドラマ「仮面ライダーカブト」「ホタルノヒカリ」「インディゴの夜」「赤い糸の女」「乾杯戦士アフターV」などに出演するほか、アニメ「家庭教師ヒットマンREBORN」桔梗役や時代劇アニメ「義風堂々」石田三成役、ゲーム「戦場の円舞曲」「イケメン戦国」「B-Project」などで声優としても活躍。

近年はミュージカル『ロミオ&ジュリエット』『レディ・ベス』や『タイタニック』など大型ミュージカルにも出演。2016年4月・5月『1789 バスティーユの恋人たち』で帝劇初主演、9月~10月『真田十勇士』霧隠才蔵役に挑む。2017年1月ミュージカル『フランケンシュタイン』に出演決定。

【Official HP】 公式サイト
【Official blog】 公式ブログ

2018/11/20

【柳亭こみちのちょいと一回のつもりで聴いて】Vol.7「女のお喋り」

open

close

Profile

東村山市出身。2003年、七代目柳亭燕路に入門。前座名「こみち」。2006年、「こみち」のまま二ツ目昇進。2017年、「こみち」のまま真打昇進。歌って踊れて落語のできる女、老若男女から友達になりたいと思われるような噺家を目指している。亭主は漫才師「宮田陽・昇」の宮田昇。漫才師と落語家の夫婦は史上初。二児の母として真打に昇進したのも、落語史上初。「落語坐こみち堂」「なかの坐こみち堂」をはじめ、日々多数の落語会に出演し、ナレーション、講演活動、執筆活動、学校寄席への出演も多々。こみちが大きな出世街道となるよう、鋭意奮闘中
【Official HP】 こみちの路

2018/02/23

【木ノ下裕一の歌舞伎の“ツボ”】 Vol.8『勧進帳』

open

close

Profile

木ノ下歌舞伎 主宰
1985年7月4日、和歌山生まれ。小学校3年生の時、上方落語を聞き衝撃を受けると同時に独学で落語を始め、その後、古典芸能への関心を広げつつ現代の舞台芸術を学ぶ。2006年に古典演目上演の演出や補綴・監修を自らが行う木ノ下歌舞伎を旗揚げ。
『黒塚』(’13)、『東海道四谷怪談—通し上演—』(’13)、『三人吉三』(’14)、『心中天の網島』(’15)、『義経千本桜ー渡海屋・大物浦ー』』(’16)
2015年に再演した『三人吉三』にて読売演劇大賞2015年上半期作品賞にノミネートされる。
その他古典芸能に関する執筆、講座など多岐にわたって活動中。2015年3月に博士号(芸術博士)取得。

【Official HP】木ノ下歌舞伎 公式サイト
【Official Twitter】木ノ下裕一 Twitter

NYから直送!「最新ブロードウェイミュージカルレポート」

ブタコメ編集部

関連サイト

  • LIVING
  • CITY LIVING
  • あんふぁん